生きてると疲れる

東京都、26歳、会社員。これまでと、このさき。

30歳までには

「彼氏いるの?」「いません」。
「結婚願望はあるの?」「…まあ、30歳までには、って思ってるんですけどね」。

“30歳までには”。これは“結婚の話題はこれでおしまいにしましょう”という意味のおまじないである。


20代も半ばにさしかかってくると、親戚とか職場の人とか――つまり、“あまり親しくない人たち”から、結婚の話題をふられることが多くなってくる。
正直、つかれる。
“あまり親しくない人たち”にはカミングアウトしてないから、頭をフル回転させて“一般的なシスヘテ女子が言いそうなコメント”を出力しないといけないからだ。

“あまり親しくない人たち”は、どうして“結婚”を“あたりさわりのない話題”としてチョイスしてくるのだろうか。“結婚”なんてあたりさわりありまくりだぞ。プライベートもいいとこだぞ。日本国憲法では婚姻は両性の合意のみに基づいて成立することになってるんだぞ。


“結婚”の話題をふられる度に、僕は戸惑う。

“結婚”なんて、もっと大人になってる人がするものだと思ってた。僕にはまだ関係のないことだと思いたいのに、僕は気が付いたら25歳になっていて、母が結婚した年齢を越えてしまっている。
Facebookで昔の同級生がいつのまにか結婚して子供までできてることを知ったりする。
親戚の集まりに行けば、祖母に「ユキちゃんの結婚式に出たい!」などと喚かれたりする。


結婚式には興味がある。神前式がいいなって子供の頃から思ってるのは、いつか鎌倉に行ったときに見た鶴岡八幡宮での結婚式が素敵だったから。インターネットでときどき見かける、オタク丸出しの披露宴もたのしそうでいいなって思う。余興でヒーローショーは絶対にやりたい。

でも、自分が“結婚”したいかどうかっていうのは、自分でもよくわからない。
逆に、客観的に見て棚橋祐季と結婚したいかと問われれば、答えはNOだ。棚橋祐季はメンヘラだし、重度のマザコンだし、めんどくさいオタクだし、人に気をつかえないし、無駄に正義感が強いし、非常識だし、傍若無人がニーソ履いて歩いてるみたいな人間だからだ。
だから、つまり、そういうよくないところを改善しなければ、「結婚したいかしたくないか」なんて問いは無意味であって、仮に結婚したくてもできないんじゃないかなって思う。

もうすこし、自分一人で立って生きていけるようにならないとなあ、って思う。まあ、30歳までには。