生きてると疲れる

疲れたら休む

「キャリア形成についてちゃんと考えろ」と上司は言った

「もっと、自分のキャリア形成についてちゃんと考えたほうがいいよ」と、上司に言われたのは年度末の面談のとき。「5年後こうなっていたいとか、10年後こうしていたいとか」。

それからずっと、一人でぐるぐる考えている。



先日、例年のごとく誕生日がやってきて、僕は26歳になった。いよいよ“アラサー”といった感じ。
ネットで目にする「婚活」とか「妊活」とか「保活」とかいう単語が、他人事ではなくなってきてしまっている、感じ。


昨年度末、アラサーの会社の女の先輩が二人、妊婦さんだったんだけれど、三月末付けで、一人は産休育休に入り、一人は会社を辞めてしまった。

妊娠したら、休むか辞めるかの二択だ。
近い将来、自分にもその選択が迫られる日が来るかもしれないと思うと、なんだかおそろしい。

休むとして、休んでる間は動けないわけで、復帰しても時短勤務とかになっちゃう確率が高いわけで。そういう事態に追い込まれるのが、いつ起きることなのか、ある程度コントロールはできるけれども完全に予測することは不可能なわけで。

僕がどんなにキャリア形成を考えたところで、日本の未来も会社の未来も自分の未来もさっぱり見えない今じゃ、考えるだけ無駄だとしか思えないんだ。





四月になって、「まあ、ひさしぶり!」と現れたその女の人の顔を僕は忘れていたけれど、産休育休明けで帰ってきたワーママだということがその後の会話からわかった。弊社、ワーママが少なくないんだけど、まあ、それなりに、ワーママが働きやすい環境なんだろうなって思う。


とりあえず、ざっくりとした目標として、「この会社でワーママになる」というのは、まあ、わるくないかもしれない。

キャリア形成については、やっぱり、考えるだけ無駄だと思うけれど、「目標をたてて目標に向かってがんばる」というのはとても大事なことかなって思えてきたから、とりあえず短期の目標だけ掲げることにした。

夏までに
・やせる(筋肉をつけて体脂肪率を減らす)
・ためてしまっている特撮の録画したやつを消化して現行作品に追い付く
・見ようと思っていて見てなかった映画をやっつける

仕事一ミリも関係ねえな…………。


そもそも、上司が「キャリア形成についてちゃんと考えたほうがいいよ」なんて言い出したのは、彼が比較的仕事熱心マンだからだ。一方で、僕は違う。僕はこうやって仕事不熱心マンとしての目標を掲げるなんて着地点を見出ださなくても「俺は仕事不熱心マンだからキャリア形成なんか死ね!」で済ましてもよかったのかもしれない。
それなのに“キャリア形成”というワードが妙に心に引っ掛かるのは、やっぱり「会社で活躍してワーママの星になりたい」みたいな思いがどっかにあるからなんだと思う。入社したばかりのキラキラ新卒だったとき、確かにそう思っていた、ような気がするそれが心のどこかに残っているんだ。


「ワーママの星になりたい」「セクマイの星になりたい」「壇蜜になりたい」「中川翔子になりたい」。それでいい。そのくらいざっくりとした目標でいい。自分が果たしていつまで働き続けるのかはわからないけど、働く気があるならあと30年以上働くことができる。仕事は長期戦だ。だから、ざっくりでいい。

「キャリア形成について“ちゃんと”考える」なんて無理、だけど自分なりに自分の将来を“ちゃんと”考えて生きていきたい。とりあえず、夏までの目標をたてて、夏になったら秋までの目標をたてればいい。そう思う。

人間、一歩ずつしか歩けないのだから。