生きてると疲れる

東京都、26歳、無職(求職中)。これまでと、このさき。

俺は俺にしかなれない

「俺は俺にしかなれない……でもこれが俺なんだ!」

僕が平成仮面ライダーで一番好きな台詞である。


思い返せば、ここ数年というもの、僕は自分を見失っていたと思う。自分を、というか、進むべき道を、というか。人生を、というか。いろいろわからなくなっていた。

考えてみると、僕の人生設計って、大学までしか考えてなかったんだよね。小学校の時から、「大学に入りさえすれば自分と知的レベルや興味の対象が近い人といっぱい出会えて幸せになれる」、そう思って生きてきた。まわりに似てる人がいなくて、孤独な人生だったから。実際、上京して大学に入ったら知的レベルや興味の対象が近い人といっぱい出会えたし、概ね幸せな四年間を過ごせたと言える。

でも、人生って大学で終わるようにできてない。家につくまでが遠足であるのと同様に、死ぬまでが人生なんだ。


理系にいってれば研究室の推薦とかあって研究職とかに就けたのかもしれないけれど、僕は文系もいいところ、文学部文学科の人間だった。院に行くか就活するかしかなかった。

就職したくなかったけど、大学院に進む人たちを見ていると、勉強が好きな人たちばかりで、僕には院は向いてないと思わざるを得なかった。もう勉強もしたくなかった。人の役に立つことがしたかった。そう、憧れてるヒーローたちみたいに。


僕は特に入りたい会社というものもなく、まわりに流されるままに就活して、夏の終わりごろにようやく内定を得た。比較的、福利厚生がしっかりしているところだった。僕は、ここに勤めていれば良い親になれるだろうと思った。もうなんか、大学までで自分の人生は終わりで、あとは次の世代に投資しようという気持ちになっていた。

しかし、会社に入って、最初に覚えたのは反発だった。
入ったばかりの頃、人事の方に「目標にしたい先輩社員を見つけましょう」と言われたのをよく覚えている。僕は、先輩社員なんか目標にしたくなかった。僕は、僕でありたかった。

そのあと、頑張って資格を取ったり、メンタルをやられて休職したり、復職したり、いろんなことがあった。会社の同期が成績トップになったり、転職していったりした。僕は、休職したので気を使われて、あまり残業のない部署の配属になった。やりがいがないとまでは言わないが、つまらない仕事が多かった。

でも、福利厚生がしっかりしているから、と僕は僕に言い聞かせた。悪い人もいないから、いい会社だから、ここにいれば良い親になれるから……。


一方で、大学の時のサークルの知人友人たちに時々会って、飲んだりなんかすると、「自分は今の仕事を頑張って○○になりたい!」などと語られて、はあ、羨ましいなあと思うのだった。好きなことをやるために転職した人もいた。「つらいこともあるけれど、仕事で成し遂げたい自己実現もあるし」と、パートナー氏にも語られた。自己実現

会社に入った頃、覚えたのは反発だけじゃなかった。戸惑いもあった。最初に配属された部署で、上司や先輩に自己紹介を求められたとき。「将来の夢は?」と聞かれ、戸惑った。就職したあとに、夢を語っていいなんて思わなかった。そのあと、上司に「俺は○○業界から転職してここにきたけど、○○業界での成功をまだ諦めてないんだ」と語られた。素敵だと思った。

夢。まだ夢を見ていていいんだ。
けれど、僕に夢なんてあったかしら。


「自分と自分に似ているすべての人のために、戦う」、それが僕の人生のスローガンだったはずだった。強くなって、力を手にして、それで世界だって救ってやる気持ちだった。小学生の時から、大学受験に至るまで勉強をそれなりに頑張ってこれたのも、強くなりたいからだったはずだ。
やっぱり文系に来てしまったのが誤りだったかな、と僕は思った。理系だったら理系の知識や技術で人が救えたかもしれないのに。
中高生の時、数学得意だったのになんで理系にしなかったかと言えば、当時付き合ってた人間がめちゃくちゃ理系で頭よくて、敵わないと思ってしまったからだったのを思い出した。もちろんそれだけじゃなくて、文系のほうが学べる内容に興味があったとかそういうのもあるけど。結局、院に進まなかったのと同じ理由だ。人と比べて、諦めて、そんなのばっかりだ。


10月の終わりに、僕の中の幼女が「デザイナーかパタンナーになりたい!」と騒ぎ出した。服飾に興味を持ち始めたのが大学生の頃で、それが最近ロリ服を買うに至って爆発寸前まで来ていた。服を作る人になりたいんだ、そう強く思った。「今からじゃ遅い」と僕の中の大人が邪魔しに入った。「もっと向いてる人がいる」いつものやつだ。こいつは大人のような顔をして、いつも邪魔してくるんだ。今度ばかりはそうはさせない。
僕は、夢を見つけたんだ。


僕はやめることにした。なにもかも、やめることにした。
あきらめるのも、嘘をつくのも、自分を騙すのも、やめることにした。

デザイナーかパタンナーになる、それを思い付いた次の日には専門学校の資料請求をしていた。
僕とも思われない、素早さだった。

服を作る人になる。かわいいものはみんなにパワーを与える。かわいいものをつくって、みんなの助けになる。そう決めた。そうだ、僕が大好きな、男の体で女の子になりたい人たちの助けにだってなれるかもしれない。なりたい。そうなりたい。強く思った。


「専門学校に行って、デザイナーかパタンナーになろうと思う」と母に言ったら、全然反対されなかったので拍子抜けした。
「そこそこの大学を出て、そこそこの会社に入って、もうキミの人生の第一部は終わりでいいじゃない。第二部は好きにしなさい。ただ、食べるものと住む場所には困らないようにね。」
ありがたいので、僕は泣いた。

そうだ、もう、親の期待には十分に応えたんだ。もう大人なんだ。これからは自分の期待に応えていかなきゃ。


僕は、僕にしかなれない。でも、これが僕なんだ。
僕は、最強の僕になる。そして世界を救ってやる。