生きてると疲れる

東京都、26歳、無職(求職中)。これまでと、このさき。

“かわいいもの”依存

今週のお題「私の癒やし」

“かわいいもの”。
それが、僕の癒しだ。

大学を出てサラリーマンになった頃から、僕は以前にも増して“かわいいもの”を集め始めた。会社のデスクに置いても怒られない範囲で、“かわいいもの”。引き出しの中の文房具も“かわいいもの”。家に帰ってすぐ目につくところに“かわいいもの”。家事で使うのも“かわいいもの”。一日の終わりに一緒に寝るのも“かわいいもの(ピカ氏)”。

元々、かわいいものは好きだったし、そこに社会人の財力が加われば“かわいいもの”の爆買いが起こるのは不思議なことではない。でも、僕は基本的にケチだから、好きとか財力とかだけでは散財に走らなかったと思う。走らせたのは、そう、ストレスだ。

社会というところは思っていたほど恐ろしくなかったが、僕というものは思っていたよりストレスに弱くて、かわいいものがなければやっていけなかった。貪るように、かわいいものを、求めた。

思えば、僕がひどい鬱で死にそうになっていたときに、助けてくれたのがピカ氏だった。その頃から、僕の“かわいいもの”依存は始まっていたのかもしれない。


ピカ氏というのは僕が大学生のときに、鬱がひどくて夜眠れなくて「抱き枕的な大きいぬいぐるみがほしい」って言っていたら恋人(当時)がくれた等身大ピカチュウぬいぐるみであり、僕の大切な家族である。

ある日、精神的にめっちゃ疲れたとき。元気を取り戻すために会社帰りに寄り道したら、ゲーセンの前を通りかかり、そこでピカ氏と同じ笑顔を見つけた。癒された。僕のゲーセン通いの始まりである。それからというものクレーンゲームでピカチュウのぬいぐるみを集め続けている。


クレーンゲームは良い。クレーンゲームをやっているときは集中できるから、嫌なことがあってもみんな忘れられる。そして、景品が手にはいる。そのとき楽しいだけじゃなくて、持って帰れるものがあるのもクレーンゲームの良さだ。

大きいぬいぐるみが好きだ。愛を与えてくれる感じがする。心が不安定になったとき、安心感をもたらしてくれる。
小さいぬいぐるみも好きだ。小さくてかわいらしいものを見ると、あたたかい気持ちになり、自分が愛情深い存在であるかのように感じられる。


ゲーセンに通いつめ、家がどんどんピカチュウだらけになってきた。最近はピカチュウだけでなくこぐまちゃん(リラックマのチャイロイコグマ)も集め始めたから、くまコーナーもできてきた。

増殖し続ける“かわいいもの”たちの中で、今日も僕は精一杯がんばって生きている。