生きてると疲れる

疲れたら休む

誰かのためのヒーローになりたい

幼い頃から正義感が強くて、曲がったことが許せないタチだった。

曲がったことが許せないというのは、幼稚園でアニメソングを歌っている友達が歌詞を間違えているのが許せないとかそういうレベルの話である。僕は5歳から公文式の教室に通っていて、字の読み書きを比較的早く覚えたから、耳コピで歌詞を間違えて歌っているやつが許せなかった。だってアニメのOPは歌詞の字幕出てるし、振り仮名もついてるから読めるんだもん。僕はちゃんとそれを読んで覚えてるから絶対に僕の主張するほうが正しい歌詞なのに、「それ違うよ」って言ってみても相手は認めない。それでよく言い争いになった。


小学一年生のとき、算数の授業でお道具箱に入っている数え棒で三角形を作らされた。何通りできるかやってみろというのである。数え棒は長さが3通りあって、単純に棒の3本ずつの組み合わせなら10通りできる。しかし、実際に三角形を作ってみて僕は気付いてしまった。一番長い棒は一番短い棒のちょうど二倍の長さだから、三角形が作れない組み合わせがひとつあるのだ。先生は、この事実を子供たちに発見させようとしているのではないか、と僕は思った。辺の長さがそれぞれa、b、cである三角形はa+b>cのときでないと成り立たない。

しかし現実は違った。「9個です」と答える僕に先生は「もうひとつあるんじゃない?」と返した。僕は小学一年生なりの語彙を駆使して、a+b=cである組み合わせでは三角形は作れないのだと懸命に説明した。説明し終えて、先生も僕の賢さを認めざるを得ないだろうと思った次の瞬間、僕は絶望することとなった。先生はこう言ったのだ。「でも、棒の先をぴったり合わせるんじゃなくて、ちょっとずらせば三角形はできるよね?」。この言葉によって僕は“学校の先生”というものを嫌いになった。先生は永遠に僕の信頼を失った。


世界には、貧困があり地球温暖化がありゆとり教育がありガラスの天井があった。何もかも間違っていると僕は思った。正義の執行者たるヒーローに憧れた。強く強くなりたいと望んだ。
しかし、あるとき、僕は自分が世界を救う将来ビジョンを全く思い描けないことに気付いた。
自分一人の力では世界を救うことなんてできないんじゃないか、そう思うと涙が出てきた。風呂上がりに泣いている僕を見つけて母は心配したが、僕から理由を聞き出すと呆れ返っていた。中二の頃である。


同じ頃、僕は『仮面ライダー響鬼』と出会った。この出会いが僕の人生を変えることになるのだ。

ヒビキさんは、僕がそれまで考えていたようなヒーロー――勧善懲悪的な正義の執行者ではなかった。
ヒビキさんは、「人助け」のために戦っていた。そして、その背中を少年に見せるヒーローだった。
少年はヒビキさんに憧れるが、同じ道には進まない。しかしヒビキさんと同じ“人助け”のために医師を目指すのだ。


ヒビキさんみたいに“人助け”をすること。そして“誰かの憧れになること”。それなら、できるかもしれないと思った。自分一人の力で世界が救えなくても、少しだけ世界をマシにすることならきっとできる。次の世代に希望をつないでいくこともできる。きっとできる、いや、できるようにならなきゃと強く思った。


僕は、日曜日に早起きをするようになった。仮面ライダーを見るために。

愛するものを全力で守り抜くことを仮面ライダーカブトが教えてくれた。
仲間がいれば強くなれるって、仮面ライダー電王やダブル、フォーゼが教えてくれた。
世界に対する愛情表現のやりかたを仮面ライダーディケイドが教えてくれた。
自分の手の届く範囲で人を助けることが大事だって仮面ライダーオーズが教えてくれた。
自分自身が誰かの“希望”になることができるって仮面ライダーウィザードが教えてくれた。

そういうものになりたいと思った。


就活のとき、エンタメ系の会社をいくつか受けて、箸にも棒にもひっかからなくて、そこでようやく僕は「架空のヒーローを作って夢を与えたい」のではなく「現実のヒーローになって人々に希望を与えたい」のだと気付いた。
市井のヒーローになりたい。
そう、たとえば…子供に憧れられるおとうさんになりたい。


だからこうして、今は、エージェントとして働いている。エージェントは世界のバランスをとる仕事である。いろんな人に会って、いろんなところに行って、需要と供給のバランスをとっていく。
架空のヒーローとは違う、あくまでも現実に向き合う仕事である。地味な仕事と言えばそうかもしれないが、手の届く範囲にいる人を自分の力で助けることができる。ヒビキさんと似ている仕事だと思う。少しずつ、手の届く範囲を大きくしていきたい。自分の力ももっと強くしていきたい。ヒビキさんみたいに、鍛えることを怠らずに。
これからなんだ。僕はこれからヒーローになるんだ。そう思うとわくわくする。

そういうわけで、僕は仮面ライダー響鬼放送から10年以上たっても、ヒビキさんの背中を追い続けているのだ。