6センチのヒールと僕
今週のお題「わたしの一足」
大学生のとき。
ひょんなことからヒーローショーでスーパーヒロインを演じることになった僕が一番苦労したのは、コスチュームの一部であるブーツの、踵の高さ(6センチ)に適応することだった。
踵が高い靴なんて、20年生きてきてほとんど履いたことがなかった。
僕は運動神経がわるい。小学生のときはクラスで一番足が遅かったし、体育の成績は「がんばりましょう」とか「2」とかばっかりだったし、高校のときは学校のプールで溺れかけたこともある(そのとき助けてくれたクラスメイトは、今では体育の先生になっているらしい)。そこに加えて6センチヒールである。アクションなんかできるはずもない。
それでもなんとかスーパーヒロインの役を全うしたかった僕は、普段から踵の高いブーツを履いて、慣らすことを思いついた。
池袋のABCマートで、そのときはまだAKBのメンバーだった麻里子様が店頭に飾られている雑誌のなかで履いていた、ABCマートの自社ブランドのやつを買った。麻里子様が好きだったし、どんな服とも合わせやすそうなデザインだと思ったし、それにヒールが6センチだったから。店員に「今なら靴下とセットで買うと安いですよ」って言われたから、「じゃあ、このブーツに似合うやつください」って言って店員に見繕ってもらって、靴下も買った。
6センチのヒールがあるブーツ。
158センチの私を164センチに変えてくれる魔法の靴。
はじめてのヒールだ。買った日はちょっぴりどきどきして家に帰って、その晩さっそくそれを履いて出かけた。と言っても目的もなく近所を散歩しただけなんだけど、いつもの景色が、いつもとは違う角度から見ると全く新鮮なものに見えた。たのしかった。
僕はそれまでぺたんこのスニーカーとかしか履いてこなかった。それはもちろんラクチンだからだし、ラクチンじゃない靴って選択肢としてあんまり考えたことなかったんだけど、履いてみたらたのしいって気づいた。背が高くなるし、シルエットもきれいだし、見える世界も変わる。自分のことカッコいいってちょっぴり思える。
僕は少しずつ履く時間を長くして、歩く距離を長くして、足を慣らしていった。しばらくしたらそれを履いて、学校にも行けるようになった。
それを履いて学校に行くと、「あれ?なんかでかくなった?」って友達に言われたりして愉快だった。170くらいある男の友達と、目線の高さが合うのがなんだかうれしかった。
それを履いて毎日学校に行って、慣れてくるとスーパーヒロインのブーツも履きこなせるようになっていった。アクションは難しかったが、かわいらしく歩くくらいのことはできてきた。アクションも先輩が一生懸命教えてくれるので、なんとかモノになってきた。
ヒーローショーの本番ではちょっとした事件があって、僕はかなしい思いをしたんだけど、それはまた別のお話。
ヒーローショーが終わっても、6センチのヒールのブーツはすっかり僕のお気に入りになっていたから、春も秋も履き続けた。履くと、背が高くなるのに比例して少し強くなれるような気がした。いっぱい履いていっぱい歩いた。
いっぱい履くからすぐ踵が削れて、穴が開いて、2、3回修理に出した。
3年くらい履き続けて、ぼろっぼろになって、もう直すより新しいの買ったほうが安いなって思ったから、捨てた。
捨てて、似たようなブーツをまた買った。でも、それだけじゃない。今では僕の家の靴箱には、たくさんの踵が高い靴が入ってる。お気に入りのレインブーツ、卒業式に履いたサンダル、会社に履いていくパンプス……みんなヒールがある。
みんなみんな、僕が、あのときスーパーヒロインを演じることにならなかったら、スーパーヒロインが6センチのヒールがあるコスチュームじゃなかったら、きっと買わなかった靴たちだ。
僕はそれまでヒールなんて履こうとも思わなかったのに、あのときヒロインに選ばれたから、その役を全うしようと思ったから、ヒールがある靴を履くようになって、そしたらたのしくて、なんとなく服装とかにも気を遣うようになったりとかしたんだ。服装の傾向が少し変わってニーソ履きはじめたり、メイクしはじめたりしたのもこの頃だ。
初めは6センチのヒールめっちゃつらかったけど、いつのまにか慣れて、もっと高いのもイケるようになって、卒業式で履いたサンダルなんて10センチもヒールがある。高いヒールの靴を履くのって、強要されるものでなければ、つまり、自分で選んだこととしてやるのだったら、たのしい。たのしいし、自分がちょっとカッコよくなる気がするから良い。自分で自分のことカッコいいって思えるのって最高でしょ。
こうやって考えてみると、あの靴は僕の人生を少し変えてくれた存在なのかもしれないなあと思う。捨てちゃったけど。